俺とミドリ楽器と大正琴。

大正琴 ギターリペア
セッティング。

こんばんは。ごきげんよう。大阪府高槻市沢良木町の樋口亜沙子ギター&樋口商店より樋口昌紀がお送りします。ご訪問いただき誠にありがとうございます。「ふるなび、ふるなび、ふるなびのーぜー」って言う貴乃花が怖すぎる。感情がない。やっぱり、りえちゃんと結婚して欲しかったな。あ~~気になる事がいっぱいあるわ。オリエンタルラジオの中田くんでっか「天才の証明」っていう本を出してるから、そらアンタもちろん最低でも現役で東大出てると思いますやん。ハーバードやったら文句なしやけど。慶応義塾大学?は?紅白歌合戦に出た事ない歌手がofficialホームページ作ってるのと同じで、説得力ないって。高槻市出身やねんてな。知らんかったわ。ちなみにネタで一回も笑った事ないです。一ミリも笑った事ないです。デカい顔をヒゲ輪郭でごまかしてる、勘違い中途半端インテリヒューマンっていう印象です。こういうのをディスってるというのかな、じゃあ何も書けないな。率直な感想なんやけど。

1年に一回、この日がやって来る。

今回で32回目のミドリ楽器大正琴演奏会。何回かね、このブログでも記事にしたと思います。今回は総集編として書き上げてみたいと思います。32年前ですからワタシ中1ですね。さすがに、この頃は手伝ってません。ミドリ楽器に入ってからですね。

こうして、ギター教室のブログに大正琴の事を書いても、僕ら全く仕事にはならんし儲けもないんやけど、例えばギター弾いてる人のお母さんだったりに紹介する事も出来るかなぁと思って書いてます。それから大正琴の世界ってお年寄りが一人でチロリンやってるイメージしかないんとちゃうかなと思うんです。でも実際はバリバリパワフルに弾いてますし40代~80代の方まで楽しんでいます。あとで動画も貼っときますね。

会場のスタッフさんとはもう長いお付き合いなので、仕事はしやすい。このステージで15~20回以上はギターを弾いた。全部、オカンからの命令だった。はじめはベース大正琴を弾かされた。本音はめっちゃ嫌でした。でも「もう嫌や。」と言うと「これも仕事、給料に入ってるんやから。」と返される。「せめてギターにしてくれ。」と言って大正琴から逃げる事は出来た。しかし痛いところ突くよね~、売り上げには敏感やから首を縦に振るしかない。俺にとっては究極の罰ゲーム。

楽器屋さんのお仕事。これが現実。

「楽器屋さんで働きたい。」なんて思っている人もいるかもしれない。ミドリ楽器にいた時は「あの~そちらバイト募集してませんか。」なんていう平和な問い合わせも結構あった。もちろん答えはNO。その頃の僕の仕事はピアノの調律、ギター教室、ギター販売、ギターリペア、Web関連全て。といった感じであった。それでも自分の給料を出すのは大変であった。こっちは、家賃や駐車場、光熱費も知ってるから毎日「今月は俺の給料は出るかな。」と思いながら仕事をしていました。高額な中古ギターが3本ほど売れれば、ちょっと安心かなという状態でした。

軽自動車2台にパンパンになるまで琴を積み込みます。バックミラーは見えません。最近は少し数が減りましたね。両親も歳なんでしょうがないですね。僕たちにセダンという選択肢はありません。軽バン一択。

「楽器屋の仕事なんて、適当に好きなギター弾いてるだけっしょ。」と思っている者はこの試練を乗り越える事はできない。タバコをやめた俺は確実に昔より持久力がある。黙々と往復する。両親はもうこの作業が出来ない。亜沙子先生も手伝ってくれます。俺の人生は全部コースアウトしているワケですが、その分いろいろ手伝っているので親が死ぬまでにはトントンにしておきたいと思っている。

ホールは2日間、借りている。

前日にセッティング、音出しをしてその日は帰ります。翌日の本番当日、午前中にリハーサルをします。ここまで来ればもう僕らのする事はありません。受付をするくらいのものです。

本番当日、あいにくの雨でした。

最盛期は長い行列が出来たものです。立ち見もいっぱい出ましてね。その分、琴地獄がハードになるので僕らは複雑なんですけど。現代劇場大ホールで演奏会をしていた事もあります。1000人入ります。

やっとフリータイムです。

空いた時間が出るのは計算してますから、ギターを持って行きます。常にギターの事を考えています。もっと上手くなりたい。もっとギターと仲良くなりたい。毎日そう思っています。

いい写真が撮れた。

そういえば通算3回目の入院以来、兄貴に会ってない。メールも返ってこない。おそらく、俺と関わるとえらい目に合うと思っているんだと思う。3年前、兄貴に泣いてすがった。それでも救われる事はなかった。ただ普通に生きる事が兄に対して俺の出来る事だと思います。
 母は「35回目まではがんばるわ。」と言っていたが、35回目が終わったら多分「40回目までは…」と言いそうである。それも結構。

改めて見るとむちゃくちゃ立派な学校になったな。昔は男子校でな、マナーも最低でしたね。道路に広がって歩くから何度も自転車で轢いてあげました。僕がギター担当になってからは本数がメチャクチャ増えたし、ショーウィンドーも魅力的に演出していました。それもあって軽音部みたいなチャラついたヤツが群れてミドリ楽器に入ってくるようになった。正直、何も買わないので「はよ帰れ。」と思っていました。昔から群れるヤツらが嫌いやねん。それは、僕の生い立ちが大きく影響しています。僕は山の中の保育園で育ちました。だから小学校に入った時に知ってる人は1人もいませんでした。同じ幼稚園から上がって来たであろう奴らは、すでにコミュニティーを形成し調子に乗っている。「好かん。」
 そして、今度は中学受験。大勢と一人違う道に行く俺。中学校に入ってまたも誰も知らない世界が待っていた。親父がサラリーマン(勤め人)じゃなかったのも大きかったのかもしれない。
 それでは最後に痛快な話で締めよう。こんな事があった。ある日、ミドリ楽器で内勤をしていると高槻高校の生徒が何名か群れて入って来た。「もうええ、はよ帰れ。」と思っていました。案の定、騒いだ挙句、何も買わずに店を出て行った。僕は大きな声で「2度と来るな、カス!連れション野郎!」と言った。内勤は僕一人でした。すると、なんと一人残っていたんです。しゃがんだ残兵が。ものすごいスピードで店を出て行きました。これだけ聞くと僕めっちゃガラ悪いと思われるかも知れませんが、一人で来る子にはめちゃくちゃ優しいから。それは今でも変わってません。多分、自分が一人の状態を何度も経験してるから「よく、勇気を出して来てくれたな。」ってねぎらいたくなるんです。「はい、はい、これもサービスしとくから。ピック?もうあげる。そんなん。」って感じでした。だからね、僕のギター教室、炎のギター教室もみんな一人で来てくれたやんか。だから「絶対弾けるようにするから。」と思ってますよ。僕の知ってる事、全部教えてあげたいと思っています。ただ僕から一つだけリクエストがあります。「信じて。」以上です。

大正琴の動画をアップしておきます。

ハイっといったワケでいかがだったでしょうか。大正琴の事はお分かりいただけたでしょうか。正直、年配者の方が多いのは間違いないです。ですので、新しい趣味をお探しの方、ご家族、ご友人が何か楽器を始めたいとお思いでしたら是非、大正琴も選択肢に入れて下さい。とにかく、みんなで合わせるのが楽しいんです。演奏も楽しいし、おしゃべりも楽しいじゃないですか。ね。今回も最後まで読んでくれてありがとうございます。もうしばらくは大正琴の事は書かないと思います。

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